3.17月 惨敗した松本市長選から何を教訓にしたら良いのだろう

Posted by タカハシ on 3 月 18th, 2008 1:31

松本市長選の結果

菅谷昭 :66,764
市川博美:17,299

見事な惨敗。
ここで総括をしてもあまり意味はないけど、今後につなげるためにも自分なりの総括をしておきます。

私が初めて市川さんに会ったのは1月28日。

もともと松本市長選には関心はなかったが、昨年から「良い人がいる」と聞いていたので、会うのを楽しみにしていたら、毅然として頭の回転の良さそうな、好感の持てる人物だった。
同席したのが、松本市では市民活動や文化的な多くの試みで有名なT氏。そして関係者を入れた総勢7名。
彼が4年前の菅谷氏出馬の時の政策を作ったという。
そのT氏からは、菅谷氏が当選後全く市民と会おうとしてこなかったことや、ほとんど何もしてこなかったことなどから、市川氏を擁立しようとしたと説明を受けた。

その場で私は例によって一時間以上もベラベラしゃべったが(^^;、以下のことを強く伝えた。

  • 首長選では、何もしない現職が一番戦いにくい
  • 「現職ではだめだ」ということが、本当の“市民”に伝わらないと勝てない
  • 両方「市民派」となったときに差別化できないといけない
  • 「市民型選挙」は、「市民運動型選挙」ではない

この他にも、私が今まで(と言ってもたかだか7年ほど)見てきた首長選をもとに、さまざまなことを話した。
そして、「現職ではだめだ」ということを市民に伝えるためには、4年前に菅谷氏を担ぎ出したメンバー、特に「T氏は記者会見を開いてでもスタンスをはっきりさせる必要がある」と話した。
このときまだ私は、「普通にやれば勝てる選挙だ」と思っていた。
そして、選対に関わることはできないけど、せめて東京から「がんばれー」と応援することぐらいはしようと思った。

東京に戻り、その後の松本の状況を聞いていると、どうもT氏の動きが見えない。
彼は仕事がらいろんなしがらみがあり、表に出られないということで引っ込んでしまったらしい。T氏を信じ、市川氏を擁立した女性たちは、司令塔不在のまま走ることとなってしまった。

3月3日。今度は松本の市川事務所でT氏と会った。
このときすでに、マスコミの調査から「8対2」で現職優位ということがわかっていた。
結果としてこのまま差を縮められずに終わってしまうのだが、驚いたのはT氏も関係者のK氏も危機感が非常に薄かったことだ。K氏に至っては「選挙が始まれば、途中から波が起きると思う」と言い、その根拠を聞いても答えられなかった。
私はK氏には「波なんて自然には起きない」、T氏に対しては「このままでは惨敗してしまう。逆転するためには松本市民に向けた強力な意思表示が必要だ」と言って、具体的な手段とタイミングも伝えて同意ももらったのだが、結局それが最後まで実現することは無かった。
同じタイミングで、圧倒的な部数の地元紙である信濃毎日新聞は「市民派の票の取り合い」と書いた。

最初、川田龍平氏を呼んで対談したまでは良かった。しかし、なぜか上原公子元国立市長を呼び、さらに田中元知事の後援会長の推薦文をもらっておきながら、前回知事選で田中降ろしの急先鋒となったN氏が関わり始め、2月末に田中前知事と会う機会があったのに放棄してしまった。このことは、市川氏のスタンスをわかりにくくさせる方向に進んでいってしまう。さらに、後になって元市長の有賀氏に挨拶に行ったことから、有賀氏の関係者も関わるようになり、陣営が混乱しまくっていたときにも、T氏は積極的に中心に出ては来なかった。

結局、菅谷氏との差別化ができず、「なぜ菅谷氏ではダメなのか」を伝えきることができずに、ほとんどの松本市民に変化の必要性を理解させられぬまま、選挙当日を迎えてしまった

市川氏本人が、菅谷氏の批判をほとんどしないばかりか、認めるような発言を公の場でしてしまったこともマイナスに作用したという意見もある。それもあるが、本当はT氏のような立場の人物が、積極的に「変えなければならない理由」を叫ばなければならなかった。これは結果論ではなく、最初から言っていたことだ。

結局この4年間何もせず、ビジョンも無く、実績も作れなかった市長が、さらにこれからの4年間、松本に空白期間を作るかもしれない、という選択を市民はしてしまった。「してしまった」というより「せざるを得なかった」という方が正しいかも。

「新しい信濃の国」としては、推薦を出した以上、勝つために何らかのサポートをする必要があったので、平野さんはスタッフの話を聞きながら、選対が迷走・分裂してしまうのを避けるために裏から支えようと懸命に努力したし、表に立って応援演説も行った。私も東京からできる限り一緒に考えたつもりだったが、いかんせん“よそもの”や“外野”である私たちでは、戦闘の最前線で旗を振るようなことはできなかった。

私は、それでも3月3日の時点では、まだ勝てる可能性も残されていると思っていた。少なくとも投票日までには、8対2から6対4までは行けると思った。

しかし、状況を冷静に読み、現場の空気を掴んでいれば、もっと早く事態の深刻さを察知できたかもしれない。終わってみれば、2回前の愛知県知事選、前回の長崎県知事選、そして昨年の東京都知事選などとよく似た構図だった。やはり、何もないところに風も波も起きない風や波は自分で起こさなければならないのだ。

ボクシングに例えれば、1ラウンド開始10秒で、最初の一発によってリング外に吹っ飛ばされたようなものだから、「よく頑張ったね」などと傷をなめ合うようなことはできない。かえって冷静になれるかもしれない。しかし、勝てる選挙を落とした悔しさだけは、忘れてはならない。

チックショー。


2 Comments

  • 大野 said:

     突然のメール送信で申し訳ありません。不適切でしたら、お手数でも削除してください。
     私は、旧安曇村在住のものです。先の松本市長選での当選記者会見における菅谷氏のコメントに関してですが、市川氏のことを「相手にとって不足だった。」との発言を聞いて、愕然としました。菅谷氏の本性を露呈した記者会見でした。
     こんなことしか言えない人間に松本市政が担えるはずもなく、松本市の発展は望むべくもありません。
     全国に冠たる「松本市」を創るため、ますますのご活躍、ご尽力をご期待申し上げます。
     乱文をお詫びします。      大野
     

  • タカハシ said:

    菅谷氏の当選時のコメントは、さすがに新聞でも取り上げられていましたね。
    彼の人間性に関して良い評価をする人を見ませんでしたし、今後4年間も同じ市政を続けるのでしょう。
    松本市民がそれを望んだ、と言うこともできますが、勝てる選挙を落とした関係者や、勝てる候補者を出せなかった関係者の責任も重いと思います。
    そう考えると、すでに4年後の戦いは始まっていると言えそうです。


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