半蔵門
2月に行った「ボイスネットワーク」のサーバー移行時に、一つのメールアカウント設定を忘れていいたために、トラブルとなってしまい、夕方まで尾を引く(涙)。業務とは関係ないところだったけど、もう少し気を回していれば回避できたことだけに、悔やまれる。
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光市母子殺害事件で被告に死刑判決が下った。
私は、以前のブログで「性犯罪者を去勢せよ」と書いたように、性犯罪者には厳罰で臨むべきだと思っている。また、青少年の犯罪に関しては「罪の重さで刑を決めるべき」だし、加害者よりも被害者の人権が守られるべきだと考えているので、今回の判決は納得のいくものだった。判決文も本村さんのコメントもとても「まっとう」だった。
特に今回の事件の場合は、犯罪の残虐性が全てであり、それを途中から父親の暴力や母親の自殺、さらに「魔界転生」やドラえもんまで登場させて死刑を逃れようとした弁護側の姑息な手段に対し、裁判官は常識的な判断を下した。この事件では、死刑廃止運動を無理矢理持ち込んだ弁護側の罪もある。
これで弁護側の主張が認められていたら、「青少年犯罪の厳罰化」どころか「青少年犯罪の減刑化」にいくところだった。「無期懲役」というのは犯罪者にとっては「よい子にしていたら早めに出してあげるから我慢してね」という程度の刑でしか無く、凶悪犯罪の刑罰としては軽すぎる。
もし被告の言うように「生きて謝罪したい」のであれば、終身刑にすべきだ。ある意味死刑よりも重いとされる終身刑を導入するのであれば、死刑廃止を論じる意味があると思う。
更正に関しては、前にも書いたけど、更正したかどうかを見極める手段が必要で、それはその犯罪者の一生が終わった時にわかることだ。だから犯罪者の監視ができない状態では、安易に「更正の可能性」だけを説くのは間違っている。未成年ではなかったものの、まだ記憶に新しい早稲田大学強姦集団「スーパーフリー」の主犯、和田真一郎の刑は懲役14年だったけど(そもそも強姦罪の最高刑が15年というのは短すぎる)、他のメンバー13人は、懲役2年4カ月〜10年だったので、そろそろ娑婆に鬼畜どもが出てくる。彼らが更正したかどうか、誰が判断し責任を負うのか。
光市母子殺害事件の犯人は、一生を塀の中で生きて償うか死をもって償うしかない。その意味で死刑は、彼にとって救いであるのかもしれない。
4 月 24th, 2008 at 14:39:50
アメリカ映画みたいに国民が評決に参加する新しい裁判員制度は良いのかもしれないですね。被害者や遺族の感情を汲み取って評決してもらえると期待するからです。
これまで、長い間、納得がいかないと思っていたのは裁判官の誤審に対する懲罰がないことです。人生を狂わす誤審があって良いはずはありません。
医師が誤診し患者に被害が出れば当然に訴訟が起こされ裁かれます。医師に限らずどんな技術者だって間違いは起こします。被害が出れば当然、裁かれます。ところが裁判官は裁かれない。いっぱい、間違いがあるはずです。
もうひとつ納得がいかないのが、加害者に精神的障害があるという理由で無罪になることです。被害者や遺族にしてみれば、加害者に精神的障害があろうがなかろうが受けた被害は変わらないわけで、加害者が無罪というのは納得できませんね。
更正の可能性うんぬんも関係ありません。日本の武家社会の倫理では仇討ちが認められていましたが、被害者や遺族が仇討ちするのではなく国家が仇討ちを代行するという刑法の精神があってもよいと思います。年齢だって関係ないはずです。
もうひとつ、死刑になりたいから殺人を犯すという犯罪の抑止の必要性ですね。自殺願望者に対する施設があってもよいのではないでしょうか。この施設で更正できなければ望みを叶えてやるという必要性があってもいいのではないでしょうか。
切腹というのが美徳な制度だとは決して思いませんが、間違ったことをしでかした場合、切腹の精神で自らが責任を明らかにする、あるいは自らに量刑を科すというのも一つの日本社会の倫理でした。
最近の事件をみると、根底に古来より培われてきた日本社会の倫理と刑法を更正するキリスト経的な倫理のズレが日本人の精神を混乱・喪失させ、犯罪の抑止力が失われたのではと感じます。
4 月 25th, 2008 at 1:55:03
精神障害者が無罪になるのは、私も反対です。
単純に、それでは殺された人や遺族が浮かばれない。
誰も責任を取らずに被害者だけが全てを失ってしまう。
自殺願望者の話は難しいですね。他人を殺めることがあれば、それ相応の刑罰を受けるべきですが、それによって死刑になることが加害者の意に沿うことになるというのは、納得がいきません。
本来は隔離するべき何でしょうけど、表面上見えない自殺願望こそが問題のような気がします。