6.6
半蔵門
午前中、元衆議院議員の某氏とウェブサイトの打ち合わせ。
彼は、前回の衆議院議員選挙で落ちてしまったわけだが、再度国政に復帰すべく、今は地を這うような活動を続けている。その中で、最近明らかに変わってきたことがあるらしい。自分が今まで全く関わらなかったようなごくごく普通の市民が、「がんばってください。応援しています」と声をかけてくれるようになってきた。
おそらく彼は、議員の時は一般市民よりも特定の団体や人物を見た政治活動をしていたのかもしれない。落ちたことによってそれがはっきりわかったわけで、次回当選できたら、生活者感覚を持ち合わせた政治家になってくれることを期待したい。
その他、週末の諸々の作業。
6.7
午前中、マンションの管理組合総会があった。
年に一度の住民の総会で、10項目程度の議案を審査していく。通常、特に問題もなくシャンシャンで終わるが、今年は駐車場の問題があり、侃々諤々の議論の末に「継続審議」となった。
私は、ほとんど乗らない軽自動車を所有しているだけなので、駐車場代がかなり増えてしまうのであれば、無理して車を持ち続けることもないという選択肢もあるが、車が生活の足となっている人はそうはいかない。しかも、ガソリン代がここまで上がってくると、気楽にドライブもできなくなるわけで、ますます自動車を持ち続ける意味が薄れてくる。
それにしても、この間料金を上げたばかりのタクシーや、運送業などは大変なことだろう。採算割れになっているところもあるのではないか。
しかし、調べたわけではないけど、週末の高速道路とか、朝夕のラッシュ時の幹線道路などは、少し空いたのではないかな?
こうなると、地球温暖化対策にも貢献しているかもしれず、暫定税率維持を訴える福田首相が「地球温暖化対策になる」と言ったのもあながち外れではないと思える。これで福田さんの支持率も上がるかな(←嫌み)。
宮崎をどけんか(土建化)するために暫定税率維持を訴えたそのまんま知事は、これでも道路を造りたいと思うのだろうか。道路を造るためにガソリン代を上げて、「さあ、造ろう」となったら車が減ってしまいそうなのである。
暫定税率の道路財源で造った道路が、果たしてどれだけ市民の役に立っているのか。全国の自治体の首長は、市民に示して説明しろ。
午後、JanJan編集部で新企画の打ち合わせ。
先日私が出した企画を採用する方向で進めることになったらしい。
技術的にも企画としても「画期的」なものではないけど、市民メディアのスタイルを大きく変えるものになることは間違いない。
また、具体的に進み始めたら、ここで紹介することもあるでしょう。
面白くなってきた。
6 月 9th, 2008 at 15:06:44
> しかし、調べたわけではないけど、週末の高速道路とか、朝夕のラッシュ時の幹線道路などは、少し空いたのではないかな?
調べたわけでなくても、こういう感覚的なことを書かれると反論せざるを得ない。曜日や気象条件、近隣の催事等の諸条件は日々違うわけで、1週間や1ヶ月でガソリンが上がったので道が空いたの空かないのとは言えない。せめて1年後と比較しないとネ。
> 道路を造るためにガソリン代を上げて、「さあ、造ろう」となったら車が減ってしまいそうなのである。
したがって、このような論理の飛躍、滅茶苦茶な理論はあり得ない。このような滅茶苦茶を言うのはマスコミだけかと思ったら此処には沢山書いてある。これまでも感情論に対してはコメントしてきたが最近は呆れて見逃していた。
ポピュリズム (Populism) が悪いとは決して言わないが、マスコミの感情的、センセーショナル的表現に政治家が右往左往したり、一喜一憂してはいけない。マスコミの論調に迎合する、そのようなポピュリズムは絶対にしてはならない。マスコミがどう書こうが自分の信念・矜持をもって政策立案をするのが政治家であろう。東国原知事は自らの信念を貫き、宮崎をどげんかしてほしい。
6 月 9th, 2008 at 15:21:19
ある2chウオッチャーのブログにマスコミの本質を知らしめる記事がありました。マスコミ記者を観察した投稿を転載したものです。その一部を再再転載します。
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36 名前:秋葉 投稿日:2008/06/08(日) 20:10:49 ID:2W9qOXLm0
マスゴミの記者が必死に警官に
「刺したのはオタクっぽい服装ですか?!」
とヒステリックに繰り返し聞いてるわ、携帯で報告する時も「頭のおかしい青年がオタク刺しまくったみたいです。え?そうですね、多分ゲームの影響だと思います」とか言ってるのにスゲー萎えた。
720:ピカちゃん(山形県) :2008/06/08(日) 15:00:21.48
現場のマスコミひどいわ
「オタクの犯行じゃないみたいだな」
「5人全員死んだ?5人死んだの?」
「被害者の所持品にゲームとかあった?」
388 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/06/08(日) 16:01:29 ID:Gpwo5T9k0
やっと秋葉原から帰宅。カメラとマイクとレポーターっぽい3人組が封鎖線の外側からきょろきょろしてたんだが、
「メイド喫茶の女の子とかいないの?」
「みんなお店に逃げちゃいましたかねぇ」
「あーもう使えねぇ」
「コスプレも見えませんねぇ」
「ゲームとか散らばってる場所ないかな?」
「お店に頼んでやってもらいます?」
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記者の期待ハズレみたいですが、マスコミの恐ろしさの一端をかいま見た気がします。特に最後の 「お店に頼んでやってもらいます?」と事件のニュースにまでヤラセを行おうとの意識には驚愕します。
6 月 9th, 2008 at 15:30:09
だから、断定はしていないでしょ。
ブログを個人の感覚で書けなくなったら、それはブログではありません。
東国原知事は自分の信念が道路族の信念に負けてしまっているところが問題なんです。
昨日の事件に関して言えば、オタクはアキバで人殺しはしないでしょう。むしろ刺される方になると思います。
アキバ=オタクで犯行と結びつけるマスコミは話になりませんが、「マスコミ=悪」と断定して「マスゴミ」と言って喜んでいるのも話になりませんね。
6 月 9th, 2008 at 22:05:25
> だから、断定はしていないでしょ。
もちろん、そうでしょうよ。私が言いたいのは、その感性なんです。政治を論議するのであれば、論理的思考から物事(状況)を俯瞰的に判断する感覚回路が必要じゃないのかと。政治とは経営と同じであって、この国をどう経営していくべきか数量的な把握は不可欠であり、その上で多様な側面から問題点や課題などを把握する感性が必要なのではと言いたいのです。
もちろん、感情的に書かれても一向に差し支えはないのですが、それこそ、「ブログを個人の感覚で書けなくなったら、それはブログではありません」と言うのは間違いではないのも事実です。しかし、情報発信を生業とされている方のブログだから注文をつけていることをご理解ください。
6 月 9th, 2008 at 23:06:53
歳をとってくると口煩くなるようだ。子や孫、周りの人に嫌われないように少しは口を閉じてないと行けないと思う。
今日一日、昨日の秋葉原の痛ましい事件が重く心にのしかかっている。その解消のため、少し書かせてください。
亡くなられた方に若い方が多かった。その人たちの将来を奪った行為は許せるものではない。犯人は自らの将来に絶望したのだろうか。
犯人の心の内側について様々な評論家が口煩く言うことだろう。とりわけ社会的背景を云々するだろう。
私も、働き盛りの壮年(いや、青年か)の世代が立て続けにこういう事件を起こす一因に社会への閉塞感があるのだと思う。それが一番悩ましく口惜しく、そのことを一日考えざるを得なかった。
それは最近の政治のポピュリズム とも関係しているのだと思う。マスコミの感情的、センセーショナル的表現に政治家が右往左往したり、一喜一憂してはいけないと思う。マスコミがどう書こうが自分の信念・矜持をもって政策立案をするのが政治家であろうと思う。いや、政治家だけではない、国民も同様だと思う。
権利と義務、社会科でイの一番に習うことである。権利は直ぐに理解できたが、義務というのがなかなか理解できなかった。元々は欧米の思想の言葉なのだろうから日本語訳が悪いのかもしれない。英語の義務ということに対する言葉が日本文化になかったのだと思う。
義務教育というが何故、義務なのか、義務と言う以上責任もあるのだと思う。つまり集団社会の一員として最低限の倫理と知識を身につける責任があると言うことだと思う。
教育と同様に、選挙に投票することは権利でもあり義務でもある。ではどのような責任があるのだろうか。国の政治は経営と同じだと思う、各自が権利ばかり主張して、税金を使っていては、国は破産してしまうだろう。各自の権利の折り合いが必要となる。
家庭でもそうであろう、家族が皆勝手に、アレが欲しい、コレが欲しい。ああしたいこうしたいと言っていたのでは家庭は成り行かなくなる。子供に対しては我慢しなさいと言うしつけも必要となってくる。大人は自分の主張を自重しなくてはならない。
最近のマスコミ報道に接すると、皆、金の亡者みたいに自分たちの権利ばかり主張しているように思えてならない。この国をどう経営していくべきか、若い人達の将来への道筋をどうつけて行くべきか、そのような視点で投票しなさいという責任こそが選挙への義務ではないかと思う。
長くなって申しわけありませんでした。