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12.21月 若者と政治・社会との接点を。武蔵大学高橋ゼミ2009

2009 年 12 月 21 日 Comments off

私は、武蔵大学というところで非常勤講師をしています。
2年生のゼミ担当。

この「非常勤講師」というものが、職業として見るとどれだけ割に合わないかというのは、テレビや雑誌でも特集が組まれたのでご存じの方も多いと思うけど、自分の子どもと同じ世代と向き合える経験は、自分自身にとって非常に刺激的で、仕事として割り切れないものがある。

私は、学問としての社会学の知識も実績も無い。しかし、武蔵大学では社会人を積極的に講師として入れ、学生の1年次からゼミを通じて社会との接点を持たせている。

これは素晴らしいことだと思う。人選を間違えると学生にとっては悲劇だけど、学問だけ詰め込んで(詰め込まなくても)社会に放り出されるよりも、いきなり「社会」を見せてしまった方が学問も肉になりやすい。

また、武蔵大学の少しおっとりした雰囲気も良い。私はこの雰囲気が大好きだ。

私のゼミでは、理論的なことはちょっとしか無い。半分近くは一週間にあった政治的、社会的事件の解説。そして、学生が自らの視点で社会の問題点を取り上げ、政策提言としてまとめる。そのために、社会人に直接会って話を聞く。

世代政党』という概念も、ここから出てきたもので、若者が自らの視点で社会にアプローチするひとつの方法として、「政党」という形が面白いのではないかと考えた。

今年のゼミでは話題に事欠かなかった(昨年もそうだったけど)。
何しろ、政権が交代してしまったからだ(その為に、夏休みもいろいろ動いた)。

4月からは淡々と通常のゼミの形式。
国会議員に連絡しても、「いつ解散になるかわからないので、なかなか先の予定が入れられない」。
であれば、9月までには必ず解散があるので(こう書いていて、すごく昔のことのように思る)、懇談は後期にしようということにした。

前期の最後に、学生による最初の政策提言。
政策と言うよりも、自分のアイデアを披露という感じ。でも、この時点でなかなかユニークで面白いものが出てくる。

後期は政権が変わったので、まずはそのおさらい。

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大河原雅子議員

10月22日には、昨年に続き、私が姉のように慕っている大河原雅子参議院議員との懇談会。
ちょうど八ッ場ダムの問題が盛り上がっているころで、ずーっとこの問題に取り組んできた大河原さんは、30分以上に渡って熱心に解説してくれた。学生にとっても初の議員会館ということもあり、いきなり生々しい国政の現場を見て、かなり刺激を受けたようだった。
大河原さんは、日増しに逞しくなっているというか、頑丈になっていく感じ。あ、体格がというわけじゃ・・・ここだけの話で(^^;

高野登氏特別講義

高野登氏特別講義

11月19日。元ザ・リッツカールトン・ホテル日本支社長の高野登さんを招いて、常識にとらわれないものの見方を講義してもらった。ちょうど長野市長選も何度も取り上げた後だったので、 みんな興味津々。有料でも全国から聴講者が集まってくるような高野さんの講義は2時間に渡って圧巻だった。
この時、初めてライブ配信を行った。
私としては、まだ高野さんに申し訳ないことをしてしまったという後悔の念があるけど(実は今日も会います)、このような素晴らしい人物と会えたことで、長野市長選挙というのは私にとって生涯思い出に残る一つの選挙となった。

田中優子世田谷区議

田中優子世田谷区議

12月3日は、ゼミ生H君の希望で、「自殺について学びたい」をテーマにして、世田谷区議の田中優子さんに来てもらい、自治体議員の仕事と自殺防止対策に関しての講義を受けた。
普通の主婦(ごめんなさい!)にしか見えない田中さんが、なぜ「議員」という仕事についたのか。身近な存在ながら、実態がわからない自治体議員の仕事。そして自殺の実態と防止への取り組みについて、時に刺激的な数字や実情も交えながら解説してもらった。

蓮舫参議院議員

蓮舫参議院議員

12月10日は、蓮舫参議院議員との懇談会。
打診をしたのが事業仕分けの人選が発表になる前。その時は、蓮舫さんも「いやあ、暇で暇で」などと冗談を言う余裕もあったけど、その後はご存じの通り。もともと著名だったのに加えて、まさに「時の人」となった蓮舫さんには、もちろん「事業仕分け」の裏話や、ご自身の芸能人時代の話まで素早いテンポと迫力で聞くことが出来て、和やかな中にも刺激的な時間となった。

蓮舫参議院議員とゼミ生

蓮舫さんとゼミ生

そして、今年最後のゼミは、学生たちの2回目となる政策提言。全部はできなかったので半分くらいは来月に持ち越しとなってしまったけど、それなりに前期に加えて深さが出てきた感じはあった。

最初にも書いたように、私には学問として社会やメデイアに関して伝える力はないけれど、普通の会社員を辞めて東京の真ん中で小さな会社を興し、今のところは幸運にも経営がなんとかなりたっているひとりの社会人として、精一杯若者に何かを伝えられたのではないかと思う。

それを判断するのは、ゼミ生のみんな。どうだったかな?

来年は1年生を担当するらしい。
「ほとんど子どもだよ」と言われたけど、はたして政治に興味を持ってくれるだろうか。

いや、必ず興味を持つと思う。
その為の、ネットラジオ局開設なのだから。

12.14月 「Twitterは説明しにくい」と書いた背景。

2009 年 12 月 15 日 Comments off

うぅぅ、ブログの更新回数が減っていくぅ。
まあいいけど。

さっきツイッターに「Twitterが簡単だというのは幻想のような気がする。とても説明しにくい。今後、QTみたいな変なルールが出てくると、自分が続けられるか不安。弱気?」 とつぶやいた件で、河野太郎さんのブログを教えていただいた。
つぶやかない理由(河野太郎ブログごまめの歯ぎしり )

彼の「やらない理由」は、

  1. メルマガやブログと比べてやっている人が少ない
  2. 携帯でメールを打つのが苦手
  3. ツィッターは双方向性でない
  4. 時間を取られそうだ

ということらしい。
私の感覚とは若干異なるけど、3と4はわかる。

おそらく河野氏は、感覚的に「こりゃ、やらない方が良さそうだ」と思ったのではないか。

私は、今年の6月にツイッターを始めた(6.15月 遅まきながら、Twitterなるものを始めてみましたが)。いろんな人を引っ張り込むほどハマったので、それなりに魅力はわかっているつもり。

ただ、「絶対この人が始めたら面白いのに」と思って勧めても始めなかったり、アカウントは登録したものの、ほとんどやらずにいる人も多少いる。

やらず嫌いの人はしょうがないとして、説明する方からすると、いつもスッキリしない残尿感(^^;のような感覚が残る。

なんでだろう?

考えてみると、ツイッターはわかりにくいのではないかと思う。

「140字以内でつぶやく」

ただそれだけのものなのに、公式サイト以外では写真を添付したり、RT機能がある(公式サイトは英語版だけ)。
作法が勝手に進化していくというのであれば、可能な限り取り込むつもりではあるけど、すでにQTを使われると面倒臭さを感じるようになってきた。

昨日見たサイトでは、RT にも「公式RT」と「非公式RT」があると書いてあった。

そんなに頑張らなくても良いのかもしれない。

たとえば政治家の場合。フォローされたら基本的にフォローを返すようにすると、まず全部を見ることはできないので、文中に自分のアカウントが入っているものか、知人・友人だけグループ(リスト)分けして見ることになる。

そうなると、自分の知人・友人のみをフォローするというのも良いだろう。

難しいのは、コミュニケーションのツールとして使う場合。
どちらかというと政治家よりも一般市民に多そうだ。

ツイッター本にも書いてあるように「同じタイムラインは無い」ので、AさんとBさんが会話のようなやりとりをした場合、Aさんをフォローして、BさんをフォローしていないCさんには、なんのことか分からない状況が発生する。

これはツイッターでは普通に起こることなので、実際にやってみれば「ああ、こういうものか」とサラーっと流すコツも覚える。

しかし、それが出来ない人もいる。
サラッと流せないCさんは、意味の分からないAさんのつぶやきを読むことになるのだ。

自民党は国会議員全員にツイッターを勧めて、予想通り世耕弘成さんとか山本一太さんのようなネットに精通した人たちしかできないけど、それはそれで良いと思う。

半年やってきた感じからすると、ツイッターはブログよりわかりにくい。しかし、とっつきやすくて、コツを覚えてしまえばかなり使えるツールとなり得る。

私の仕事的には、政治家の情報発信ツールとして非常に大きな可能性を感じる。
ただし、使いこなすのは難しく、それができるのは一部の政治家に限られる。

ツイッターに魅力を感じられずに、使わない政治家がいても構わない。

しかし、その彼ら彼女らは、ツイッターを使わない分、他のネットツールを使って、情報発信を行っていかなければ、来年以降の選挙は苦しくなると思った方が良さそうだ。

あれ?ネガティブなことを書くつもりが、推奨のようなエントリーになってしまった(^^;。

12.2水 いままでこの国では、適正価格の予算というものが考えられたことが無かったのだろうか。

2009 年 12 月 3 日 コメント 2 件

あらら、前回の更新から一週間。しかも、もう師走だあ。

本当はツイッター並の短さでもいいんだけど、それじゃ「ツイッターでいいじゃん」ということになるので、これからしばらくは頻度と量が減りそう。でも、ゼミの材料にもするので、なるべく数だけは減らさないようにします。

・・・
さて、日本の頭脳が、あまりお利口でないと分かってしまうくらいだから、スポーツ選手ともなれば、某勢力からすればこんなこと言わせるのは簡単なのかもしれない。

事業仕分けにメダリスト「NO!」(スポーツ報知)

政府による「事業仕分け」で、日本オリンピック委員会(JOC)の選手強化事業への国庫補助金約27億円を含む約33億円が縮減対象となったことを受け、フェンシングの太田雄貴(24)=森永製菓=らオリンピアン11人が1日、都内で共同会見を行い、「強化費縮減反対」を訴えた。

その中で、

アーチェリーの山本博(47)=日体大女短大教=は「選考会を通るたびに家内に自己負担金の振り込み用紙を見せて頭を下げている。もう一度、形のない財産との向き合い方を考えてほしい」

単純な疑問として、この33億円があれば山本氏の自己負担金は無くなるのだろうか?選考会に通って、女房に頭を下げるなんていうのは、別の問題があるのではないか。

もっと単純な疑問として、いったいいくらあれば、マイナースポーツにまで十分な支援が行き渡るのだろうか?

競泳の入江陵介(19)=近大=は「ロンドン五輪やその先に取れるはずのメダルも取れなくなるかも」

逆に言うと、この33億円があれば、取れるはずのメダルはちゃんと取れるのか?

ほとんどすべての事業に言えることだろうけれど、「毎年貰っていた」「貰えるはず」の予算がつかなくなるということで慌てるのはわかる。しかし、その予算がいったいどこに消えていくのか、ひな壇に並んだ学者やスポーツ選手は、わかっているのだろうか。

そして、そもそもいくらあったら目的が達成されるのか

今回のスポーツ選手強化費用であれば、33億円などということではなく、100億とか200億とかが本当は必要なのかもしれない。

今回の概算要求は、本当に必要な額を考えているのだろうか。「これくらいのところで」とどこかの誰かが適当なさじ加減で決めているだけではないのか。しかも、中抜きされてしまっていると、さらに大幅に引かれた残りが現場に下りてくるので、先の山本氏のように、いくらもらっても、女房に頭を下げることになってしまうのだ。

なんだか疑問ばかり。

そりゃあ、予算は多い方が良いに決まっている。
しかし、「昨年がこれくらいだったから、今年はこんな感じで」とか「こっちを増やすから、こっちを減らす」とかの金額ありきのバランスで決めるものではなく、本来は「この金額が必要なんだけど、企業・団体、自治体や寄付などではこれくらいが限度なので、国の補助がこれだけ欲しい」と要求しないと、必要なところにお金がいくまでに途中でダラダラ漏れてしまうだろう。

一端白紙にし、天下り財団にジャブジャブつぎ込む国民の金を取り戻して、本来必要なところに適正な価格の予算を付けることが必要なのではないだろうか。

科学者たちも、スポーツ選手も、怒りの矛先を向けるべき相手は事業仕分けの担当者ではなく、今まで自分たちためになるはずの研究費や強化費用を、私利私欲のために懐に入れてきた、本当の悪人たちだ。

今まで暗闇の中で蠢いていたその外道どもを、やっと国民が見える所に引きずり出すきっかけを作っただけでも仕分けの意義があり、それを感じているからこそ、国民の支持が高いのだと思う。

何が問われているかわからなければ、わかるまで毎年やれば良い。

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11.16月 仕分け作業に対する文科省の「ご意見募集」は、そのまますなおに受け取れないような違和感を感じる。

2009 年 11 月 17 日 Comments off

まずいまずい。

抱えている仕事の一つがかなり困難な状況になってきてしまった。
新人アーテイストのライブイベントを見に行ったり、鼻毛を抜いて「二本抜いたら二本とも白髪だった」などと憂えている場合ではない。

今日は、某シンクタンクから「インターネットと政治・選挙」に関してインタビューを受けた。日本における政治や選挙へのインターネット利用は、アメリカや韓国のようにはいかないということや、これから行われるインターネット解禁から将来の選挙・政治利用について、普段考えていることをダーッと2時間程話し続けた。そのうち20%程度は『電網参謀』に書いてあったことなので、「読んで欲しいなあ」と思ったけど、小心者の私は言えませんでした(^^;

そんなこんなで事業仕分けのライブ中継も全く見ることができなかった(涙)。
いろいろと新しい出来事も起きているようで、文科省がパブコメの募集を始めたようだ(正確にはパブリックコメントという表現はふさわしくないかもしれないけど)。

行政刷新会議事業仕分け対象事業についてご意見をお寄せください(文科省)

ツイッター上を見ると歓迎の意見が多いようで、私も悪いことではないと思うけど、ちょっと否定的に見てしまう部分もある。

まずは、集まった意見をどうするか書いていない点。
「多くの国民の皆様の声を予算編成に生かしていく観点から」としか書いていない。公開するのかしないのか。公開するとしたらどこに、どのような形で。

おそらく、ひとつひとつの事業に寄せられる意見は、当事者サイドに立ったものが多いでしょう。関係者が多いかもしれない。
個々の事業に関係ない国民からすると、それぞれの事業にコメントするのは、かなり敷居が高いからだ。

そうなると、既得権益を失いたくない人からすれば、なんとか予算を付けてもらいたいわけだから、「この事業は必要なのだから、予算を削るのはおかしい」というコメントになる。

それでは「多くの国民の皆様の声を」 ということにはならないのではないだろうか。

いったい、文科省は何をしたいのだろうか?

また、こういった動きを見ていると、今の仕分け作業が、「政府側民主党」と「国会側民主党」とのバトルにも見える。

鈴木寛、中川正春・高井美穂、 後藤斎といった担当副大臣・政務官が、仕分け結果と同じ結論を持っていれば整合性は付くけど、予算を削減されたくない文科省側の主張を代弁するようなことがあれば、政権与党内で“ねじれ”現象が発生することになる。

三権分立だと言っても、事業仕分けは議会がやっているわけではなく、建前上は今まで密室で行われていた予算策定作業を公にしている、というものなので、その中で民主党議員同士が対立するという変な構図になっている。

民主党政権での取り組み。一年間は試行錯誤だと思うが、その試行錯誤が予算のムダを徹底的に省いていく結果になるように、国民の側も建設的な意見と、自らの行動によって参加していく必要がありそうだ。

もう一つ。電源問題がある。

先日紹介したそらのさんのライブ中継で、初日は会場の電源が使えたものの、翌日は使えなくなり、今度はそらのさんだけが使えるようになったら、あるところからクレームが付いて使えなくなってしまったというものだ。

「会場は公共のものなので、勝手にコンセントを使えない」ということであれば、そういった規約があるはずだ。テレビ局は膨大な電源が必要なので、自前の電源を持ってきているのは当然のことであり、「そらのさんだけずるい」ということであれば、初日から自前の電源にさせるべきだったろう。

今になって使用を不可とするのは、反響の大きさを快く思わない一部の力が働いたのではないか。

それで貸してもらえないということになってしまうのであれば、自前で持ち込んででも中継を成し遂げてやろうじゃないの、と私は思ってしまう(私が撮影するわけじゃないけど)。

本当は、第1グループ、第2グループも公式のものではなく、ツイッターと連動した独自のライブ中継が欲しいところだけど今回は無理なので、第3グループだけでも中継をやり通す意義はあると思う。

全部終わったときに、ネット上の反応、マスコミの報道、そして民意(支持率等)がどのように変化するのか、しっかりと見届けたい。

11.13金 事業仕分け3日目。「二重構造だと指摘されました」と問題の本質を分かっていた毛利衛さんに対し、ツイッター内で十分な議論が出来る可能性は無い。

2009 年 11 月 14 日 コメント 2 件

途中と最後の部分を加筆しました(14日13時22分)

一昨日のエントリーでは、ライブ中継+ツイッターの可能性を絶賛したのに、今日は失望を感じる結果となってしまった。もう少しまともだと思っていたんだけど。

経理の打ち合わせが終わって「ながらライブ」のようなことをやり始めると、やはり仕事の効率が落ちてしまう(涙)。さらに「小飼弾さんと開発の山路さんのダダ漏れインタビュー」を見ながら、第2ワーキンググループの事業仕分けをライブで聞いていると頭の中がいっぱいいっぱいになってしまう。でも面白いけど。

インタビューが終わって、引き続き第2ワーキンググループの映像を見ながら、ツイッターで第3グループのハッシュタグをクリックしてみると、あれ?なんだか不穏な空気。

丁々発止のやりとりと並行して、予算が削られることへの批判から、仕分け人へのキツい批判が多くなっている、いわば「炎上」状態だ。

「もう論文を書く気がない」「求職活動を始める」などはまだ可愛いもので、外国人参政権を取り上げたり、中には「最悪のシナリオでは日本は滅びる」といったものまであり、軽い集団ヒステリー状態になっていた。

そんな中、元宇宙飛行士で日本科学未来館館長の毛利衛さんが、日本科学未来館を運営する科学技術広報財団への助成金を要求する側として登場してから空気は一変した。
とにかく仕分け人からの質問に対する回答が早くて的確だ。そして自分の主張や夢も盛り込んでいく。

ツイッター上には「毛利さん、すげー」「毛利さんかっけー」などと言った簡単なものから、プレゼンの上手さを評するものなども登場し、騒然とした雰囲気になった。

ただ、聞いていると、日本科学未来館について第三者に評価してもらった時に、「二重構造を指摘された」と毛利さんは答えた。毛利さん自身、何が問題なのか実はわかっているように思えた。それは、事業仕分けが終わってから出された、以下のコメントに現されている。

行政刷新会議ワーキンググループ「事業仕分け」の結果について

11月13日に開催された政府の行政刷新会議ワーキンググループ「事業仕分け」の結果、日本科学未来館は「予算の縮減努力をおこなう。条件として、運営業務を担っている科学技術広報財団を見直す。」ということになりました。これは、科学技術広報財団自体に問題があるのではなく、日本科学未来館の中の二重構造自体に問題があるということです。これを期に、一体的な組織として活動できるよう努力してまいります。

日本科学未来館 館長 毛利衛(日本科学未来館サイトより

そう。結果は「予算の縮減努力をおこなう。条件として、運営業務を担っている科学技術広報財団を見直す」なのだ。
ところが、結果をちゃんと聞いていないのか、聞いていても頭に血が上ってしまっているのか、「未来館廃止」のコメントがどんどん入ってくる。

仕分け人のいったい何人が「未来館は廃止」などと言ったのか?

こうなると、別にツイッターでなくとも議論にはならない。「予算が削られる」と思った瞬間に思考が停止してしまって、税金がどのように使われていて、それは妥当なのかというところまで考えが行かなくなるのだ。

たとえば、財団を大幅にリストラして、余った資金と人事権を毛利さんに与えたら、未来館は今よりもっと良くなるのではないか。

おそらく今までは、密室で決められた財団の予算を有効活用するわけでなく、毛利さんのパーソナリティと経営努力によって毎年伸びてきたのだと思う。

であれば、今まで隠されていたお金の流れを明らかにし、途中搾取を無くすことにより、我々の税金をさらに日本の科学技術振興に役立てていくチャンスが来たとは考えられないだろうか。

スーパーコンピューター(スパコン)にしても、世界に誇る富士通、日立、NECの大型コンピューターメーカーのうち、すでに経営上の理由で日立とNECが撤退したところに、今までと同じように予算を注ぎ込んで、本当に世界最高のスパコンを作ることができるのだろうか。現在でも国産品ではないスパコンを使用している分野があるのに、無理して国産でいくことの意味はなんだ?スパコンは海外製にしておいて、研究にお金を投じるといった発想はだめなのだろうか?
個人的にはBTRONも守れなかった日本に何が「国産スーパーコンピューターだ」と言いたい。

さらに、今回「仕分けられる」方の財団関係者や官僚たちは、事業仕分けが始まってから丸二日間あったのに、仕分け人の質問や進め方を予測して、あらかじめ論破できるだけの準備をしてこなかったのか?もし、毛利さんが何らかの理由で会場に来られなかったら、いったいどうなっていたのだろう?

ああ、だめだ。眠くて起きていられない。

最後のまとめは、起きてから書きます。

というわけで続きです。

今回の仕分け程度の結果を見て、「もう日本の研究開発は終わりだ」などと嘆き、仕分け人を攻撃する風潮が出てくるのであれば、そんな研究開発は辞めてしまえ、と言いたい。

なぜ、この仕分け作業があるのか。公開されることにより何が明らかになっているのか。今回の仕分け対象になった事業の予算が縮小・廃止されることにより、どのような影響が日本の研究開発全体に及ぼされるのか。そして、解決策は何か。

その程度のことを考えられない技術者や研究者、そしてその卵たちに日本の将来を任せるほど、日本は余裕を持ち合わせてはいないのだ。

11.11水 行政史上画期的な出来事だった『事業仕分け』。メディアにおいても、一つの大きな出来事があった。

2009 年 11 月 12 日 Comments off

最近更新頻度が落ちているのは、単に忙しいと言うこともあるけど、ツイッター疲れというのもあるかもしれませんね。

・・・
さて、今日は非常に興味深いものを見せてもらった一日だった。
なんだか、ここ一ヶ月は、泣いたり感動したりヘロヘロになったり、毎日脳みそがジェットコースターに乗っている感じ(物書きだったら、もうちょっと気の利いた表現をするんだろうなあ)。

今日は昼前に、最近おつきあいいただいている@muratanobuyukiさんのつぶやきを見て、「おお、今日から事業仕分けか」と紹介されていたネット中継のサイトを見て唖然。

事業仕分け自身の迫力がかなりあったこともあり、@soranoさんによるUSTREAMを使ったライブ中継+ツイッターの臨場感はすごかった。
ちょうど前夜から、死体遺棄容疑でしかない市橋容疑者に群がる無意味な報道陣の映像を、嫌と言うほど見せられてうんざりしていた。それもあって、事業仕分けのライブ配信では、メディアとしての斬新さと「これは日本の行政史上画期的なことだ」との思いが交錯し、一人で興奮しながら映像に見入ってしまった。

午後、朝日新聞社の3名に仲介役の私の友人Sさんを加えた4人が来社。
相談というか懇談的なものだったけど、話題がインターネットだったので、そらのさん配信の映像を見てもらったところ、4人とも非常に興味を持ったようだった。

その中の一人、朝日新聞編集委員の一色清氏は、『報道ステーション』でちょうどこの時のことをコメントした。古館さんはピンと来なかったかもしれない。でも、この感覚は実際にあの映像とツイッターのタイムラインを見た人じゃないと実感として掴めないんじゃないかな。

ライブ中継は、行政刷新会議のサイトでも流していた(これはこれで素晴らしい!フルゲンさん頑張った)ようだけど、やはり臨場感と迫力で言えばそらのさんの中継に優るものは無かった。夜のニュースでも、やはりこの迫力は出せていなかった。

この「そらの」さん。郵政選挙の時の泉あいさんを思い出させる。

若い女性が、一人でデジタルガジェットを持ってどこにでも突っ込んでいく。
泉さんは、ただのブロガーだったのに、各政党の党首・幹部クラスに次々と単独インタビューを申し込んで実現させた。今は元気かなあ。

そらのさんも、どこにでも飛び込んでいく。そしてライブ配信をしてしまう。

「お金がない」というのも二人に共通しているようだ(^^;。つまり、営利目的ではなく、個人的興味?と社会的責任?と自己実現?・・・良くわからないけど。
これこそ本人にこちらがインタビューしたいくらい。おそらくそういった話もすでに来ていることでしょう。

この事業仕分けは「完全公開」であり、一般市民が傍聴することができる。
公式サイトでのライブ配信もあったけど、そらのさんのライブ配信は、これこそ最先端の市民記者であり、私は「市民ジャーナリズムもここまで来たか」と感慨にふけるのである。

本当は、JanJanで記事に動画を入れられるようにしたときも、ライブではないにしてもこういった市民記者+映像のスタイルは想定していた。でも出来なかった。それはきっと、そらのさんのような人物が登場しなかったからでしょうね。

まだ事業仕分けは続くので、このライブ配信も続くようだ(資金は大丈夫なんだろうか?)。

事業仕分けは、仕分ける方も仕分けられる方も、かなりきつい精神状態の中で業務を進めていくことになり、冷徹にも映像はそれをそのまま流し続ける。それをそのまま国民が編集無しで知ることの出来るメリットは限りなく大きい。

事業仕分けのあとも、おそらくそらのさんは注目されるでしょう。
たまたま今日、朝日新聞の3人と、夕方にメール配信の件で打ち合わせした勝谷誠彦氏に、そらのさんを紹介した(と言っても私も面識無いんだけど(^^;)ことは、偶然ではなく必然であったと思いたい。

11.4水 公選法改正、インターネット解禁は、特に地方議会に大きな変革をもたらす。

2009 年 11 月 5 日 Comments off

いよいよ選挙でのインターネット解禁が現実的となってきた。

ネット選挙解禁へ論点整理指示 原口総務相(47News)

ただし、まだ具体的なことは明らかになっていない。

原口氏は「国民に情報をしっかり提供し、選択の自由をさらに行使できるようにしたい」とネット解禁の必要性を強調。同時に、公選法改正は議員立法が基本とした上で「公選法を所管する総務省としても、論点整理とネットでどういうことができるか検討が必要だ」とした。

ネット選挙運動:解禁、公選法改正へ 来夏参院選にも--政府方針(毎日jp)

鳩山政権は3日、ホームページ(HP)の更新などインターネットを利用した選挙運動を解禁する方針を固めた。ネット選挙解禁は民主党の衆院選マニフェスト(政権公約)に盛り込まれており、来年の通常国会で公職選挙法改正案を成立させ、来夏の参院選での実現を目指す。

私にとって、公選法との戦いは2000年の長野県知事選からだったので、約9年間に渡る。

その間、いろんなところに書いてきたが、とりあえずネットで見られるものとしては、主に以下がある。

『政策空間』

インターネットでの選挙運動を標準化せよ(2003年8月)

あなたのブログはまちがっている ―政治活動ツールとしての可能性―(2004年7月)

「公選法の壁」-インターネット“解禁”には気をつけろ!(2005年11月)

『ザ・選挙』(2006年7月)

インターネットと選挙(1)公選法に記載されていない現状とは

インターネットと選挙(2)公選法改正対決

インターネットと選挙(3)選挙はこうなる!

この中で特に主張したいことは、「選挙でインターネットが使えるようになると、有権者側が変わる」ということと、「解禁になったからと言って何でも出来るわけではない」ということだ。

自民党の勉強会に2回呼ばれてゲストスピーチした時も、同じようなことを話した。

インターネットが使えるようになると、選挙は大きく変わる。

今まで、ポスターぐらいでしか候補者を選ぶ手段が無かった地方議会などは、劇的に変わるはずだ。

国政は、およそ8割以上が公式サイトを開設しているし、マスコミが盛んに報じる(政局主体だけど)ので、その気になればかなり人物評価ができる。

しかし地方議会は、私の感覚だと公式サイトを開設している議員は3割くらいで、投票するために参考にするのは、

ポスター
選挙公報(首長選のみで、出すかどうかは自治体ごとに決める)
政策ビラ(枚数が限定される)
法定ビラ(内容にかなりバカバカしい制約がある)
街頭演説(握手した方が効果は高い)
知人かどうか

程度しかない。

つまり、政策、実績、人物などで選ぶことが今までは出来なかった。しかし、ネットが解禁となると、どれも的確に見せられるようになる。

ネット解禁で問題になるのは「誹謗中傷」や「なりすまし」だ、と報道されていて、今までそれが自公政権下でネット解禁を阻む最大の理由となっていた。

しかし、ちょっと考えてみるとわかるのだが、誹謗中傷は現行の公選法で対応できるし、「なりすまし」は選挙に影響を与えない。もし影響が大きいとしたら、それは閲覧者が多いということで、誰かがなりすましても、今であれば24時間以内、早ければ3時間以内に本人でないことは確定出来ると思う。

また、

ネット関係者からは「海外のサーバーを使った場合、開設者を特定するのは困難」との声がある。(毎日jp)

どんなネット関係者か知らないけど、「海外のサーバーを・・・」は10年前からある話で、今はあまり意識する必要はない。海外サーバーを警戒するのは、「誹謗中傷や成りすましを行っている人物の特定が困難になるのと、問題あるサイトの閉鎖を強制することが困難」という理由からだが、そもそも得体の知れないサイトの信頼性は低く、選挙に与える影響も低いはずで、公式サイトの信頼性と速報性が高くなれば大抵のトラブルには対処できる。

そして、「なりすまし」を意味無くさせるためにも、急激に公式サイトの開設が進むはずだ。「なりすまし」を防ぐためには、本人がネットに存在することが一番だからだ。

ネットが使いこなせない政治家は、次第に淘汰される。しかし、ネットが使える政治家が当選するかというと、そうでもない。このあたりは、候補者の負担が増えるようにも思えるが、要は、自分の日ごろの活動を、いかに効果的に発信できているか、ということが重要になる。

他にも、いろんな変化が起こり、いよいよ当落にも影響するようになってくる。

それは、国会よりも特に自治体において顕著だ。

つまり、地方議会に大きな変革が起こるようになる。

先日書いた、「実は公選法を改正しなくても、インターネットを解禁できる方法がある」というのは、総務相の見解を今までと変えるだけで、インターネットを解禁出来るというものだが、来年の通常国会で公選法改正案が出るのであれば、特に必要ないかもしれない。

10.30金 長野市長選挙エピソード3 高野登氏擁立/ベステンダンク

2009 年 10 月 31 日 コメント 4 件

長野市長選挙に関しては、とりあえずこれで終わりにします。
個人的には、まだ引きずってます。

・・・
高野登さんの擁立は2年前に遡る。

田中康夫元知事が3度目の知事選で敗れたあと、その時田中さんに投票した53万人の思いを次の長野県政につなげていこうと、平野稔氏(平安堂会長)は独自に次の知事候補を探し出した。

私は、2002年に東京に出てきてから長野県政には関わっていなかったので、時折平野さんの相談を受けるような形になっていた。
みなさんは、平野会長をどうイメージしているでしょうか。
彼は、正義感に溢れた熱血漢で、決してぶれることはない。思いやりと気配りで私のような若造(そんなに若くもないけど・・・)にも常に丁寧に接してくれる人だ。

あまりに芯が強いので、相手によっては衝突することもある。しかしそれはお互いの目線が異なる場合であり、平野さんは常に市民目線で考えているので、相手がそうでなければ誰であっても対立することになる。

平野さんから相談を受けた私は、つい思いつきで「地域政党を作りましょう」と言ってしまった。

そして出来たのが地域政党『新しい信濃の国』なのだが、器だけ出来ても実質的な中身(事務局)がないので、なかなか活動を進められない状態で今日まで来ている(詳しくは『電網参謀』・・・って、こればっか(^^;)。

2008年には松本市長選挙に中途半端に関わって惨敗してしまい、「次は自分たちで候補者を擁立して、積極的に関わらなければ」という思いが強く残った。

一応、知事候補と長野市長候補を並行して探していたが、まずは長野市長を変えなければ始まらないということで、市長選の勝利を目指して最高の候補者を捜すことになった。

そして複数人の人物を挙げたが、これといった決め手がなかった時に現れたのが高野登氏だった。

平野さんが高野さんを知ったきっかけは割愛するが、一度会って「この人物しかない」と感じたようだった。私は平野さんから話を聞き、ネットで調べ、著作を読み、そして本人に会って「この人しかいない」と感じた。

今までの改革派首長の多くは、県庁や市役所の職員を「市民にお仕えする公僕」と捉えて、それまでのぬるい仕事っぷりを直したり、より市民のために身を粉にして働くことを強要する。

しかし、高野さんは違う。
おそらく、首長になれば職員を非常に大事に考える。職員が安心して働ける職場環境を作り、目標を共有し、市民の満足が自分の満足に繋がる意識をみんなで作り上げていくことができる。

そうなると、自然と業務は改善され、市民と市政の距離は縮まっていく。

これが絵空事でないのは、すでにリッツカールトンという成功例があるからだ。
そのまま行政に当てはめれば良い。

だから、高野さんは、日本で初めての『ザ・行政』に取り組むはずだった。

それを政策チラシに織り込むために、「日本一」ということばを使った。
これも、高野さんがリッツカールトンで実現してきたことであり、長野市でも必ず実現できると確信できることだったからだ。

これに関しては以前書いたとおり
コンクリートよりも人を大切にする市政で、「日本一」を目指す

さて、高野さんを見つけたまではよいが、立候補を決意してもらうのは簡単にはいかなかった。

ホテル業界を牽引し、全国を飛び回り、数々の街おこしにも関わっている高野さんに、故郷だと言っても、いきなり政治家となって一地方都市の首長になる決心をさせるのは不可能だと思われた。

この詳細も割愛させてもらうが、結局、平野さんや私を信じてもらうしか無かった。

私が今でも引きずっているのは、この信頼を裏切ってしまったからであり、先日も書いたが、致命的なミスが何件かあったからだ。

一つは、民主党との一本化に失敗したこと。

これは先のエントリーでも書いたように、民主党がA氏擁立に失敗した時点で、「最終的には高野さんで決まるな」と思いこんでしまった。民主党側が言った「私たちは選挙を何十年もやってきているプロだから」というセリフをそのまま信じてしまった。選挙のプロが、みすみす最高の候補者を前にして、共倒れの恐れが出るようなことをやるはずがないと思いこんでしまった。

次に、メディアの調査と街の反応を信用しすぎてしまったこと。

以前も書いたように、とにかく反応が良かった。告示日にいっしょに回ったが、何度泣けてきたことか。それほど市民の反応は熱いものがあった。
期日前投票の出口調査も良かった。投票前の水曜日あたりでは互角の情勢分析が出ていて、出口調査と街の反応で「勝てる」と思ってしまった。
本当は、接戦の場合には最後の24時間でひっくり返すことが可能だ。以前の桶川市長選で最後の2日でひっくり返された事例を知りながら、「自主投票」を決めていた某団体に対してノーマークになっていた。

三つ目が、現場に入れなかったことだ。

私が現場にいたからと言ってどうなるものでもないが、東京にいるとどうしてもワンテンポ判断が遅れるのと、現場の空気がわからないので強い指示と適切な判断を出せなかった。正直言って遠慮していた部分もあった。

この他にも「もっとこうすれば良かった」といった反省はいろいろある。

高野さんは、私のことを100%信用してくれた。私の本を読んで、会って間もないのに、私が提案することは何でも前向きに取り入れようとしてくれた。高野さんが退路を断って来ているのだから、私も退路を断つぐらいのことをやるべきではなかったか、と思ったのだが、それは後の祭りだった。実はこれが最大の後悔となっている。

しかし、すでに終わってしまったことだ。次を見なくてはならない。

長野市民にとって期待が持てそうなのは、3期目の鷲沢市長が、投票日翌日に「いただいた5.8万票より、反対票が9万票近くあった。今回の選挙は完敗です」と発言したとされることだ。

実は、平野さんは鷲沢さんに対して「彼は人間は悪くない。若い頃にお父さんを亡くし、学生のうちから社長として車で送り迎えされるようになってしまったので、一般市民の感覚がわからないのだ」と言っていた。また、4年前の選挙で投票率が37%しか無かったことに対し、鷲沢さんは「これでは信任されたことにならない」と激怒していたという。本当は、市民の声を聞きたいのではないだろうか。

私が会った「市民」にはすこぶる評判悪かった鷲沢市長だが、一般の「市民」にはそれほど悪い印象は無かったのではないか。
これは最初から危惧していた。今まで、選挙に関わる「市民」が「現職は最低ですよ。市民の間でも評判が悪いんです」 と言っているのに、実際はほんの一部の「市民(活動家)」に評判が悪いだけで、蓋を開けたら惨敗したケースを何度も見てきたからだ。

私は、鷲沢さんのコメントを聞いたとき、安倍さん、福田さん、麻生さんの「自民党末期トリオ」を思い出した。決して彼らは人間的に悪いというわけではなく、生い立ちが原因で一般市民の気持ちがわからないだけなのだ。

鷲沢さんはどこまで変われるか。おそらく、市民が市政への感心を落ち続けないと、なんとなく4年が過ぎてしまい、また同じ光景が繰り広げられることになるだろう。

主導権は市民にあるのだ

今日、間違って「高野」で検索して、高野寛のビデオを見つけてしまった。

高野寛さんは、いわゆる「ミュージシャンズ、ミュージシャン」で、端正な顔立ちが災いしたのか、過小評価されているが、同業者にもファンが多い実力派のミュージシャンだ。

彼の作品で私が最も好きな、「ベステンダンク」という曲がある。なんとトッドラングレンがプロデュースした名曲だ。
ドイツ語で「最大限の感謝」という意味らしい。

もともと曲を気に入っていたのだけれど、歌詞をちゃんと見たら市長選を思い出して、また目頭が熱くなってしまった。

この声は小さすぎて
君の元までは届かない
例えそれを知っていても
叫ばずにいられない

(これ以降はこちらをご覧下さい)

高野さんの演説は決して絶叫型ではなかった。淡々としたしゃべりが、じわりじわりと染み込んでいくような演説だった。しかし心では叫んでいた。「市民に届け」と念じているようだった。

これはアコースティックバージョン
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こちらはプロモーションビデオ
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10.29木 長野市長選挙エピソード2 公選法とインターネット

2009 年 10 月 30 日 Comments off

通常、公選法違反というと大きく分けて2つある。

ひとつは、お金が関わるもの。

組織や団体の票をとりまとめるために個人に現金を渡したり、投票を依頼する代わりに現金を渡したりするものだ。飲食物を奢ることも禁止されている。たとえば、選挙の運動員や有権者の飲食代を奢ることも違反となる。有権者に物を送ったり手渡したりすることも違反だ。

もうひとつは、お金が関わらないもの。

多いのは、文書掲示違反。
ポスターを貼ってはいけないところに貼ったり、認められていないチラシを配ったりするものだ。集会などで、パワーポイントを使って政策を紹介するのも違反となる。

インターネットに関しては、1998年に『新党さきがけ』が総務省(当時は自治省)に「ホームページの開設と公選法の関係について」問い合わせを行い、自治省行政局選挙部選挙課がそれに対して回答したことがすべてである。

以下のような解釈だ。

公職選挙法の「文書図画」とは、文字若しくはこれに代わるべき符号又は象形 を用いて物体の上に多少永続的に記載された意識の表示をいい、スライド、映画、 ネオンサイン等もすべて含まれます。したがって、パソコンのディスプレーに表 示された文字等は、公職選挙法の「文書図画」に当たります。(自治省行政局選挙部選挙課)

つまり、公選法にはインターネットに関わる記述は全く無く、すべてこの無理な「解釈」で進められている。

そこで、「公選法を改正してインターネットを選挙で使えるようにしよう」という声が以前から上がるのだが、自公政権下では不可能だった(詳しくは「電網参謀」をお読み下さい:宣伝(笑))

今回の選挙はどうだったか?

鷲沢氏はマニフェストを掲載した公式サイトとブログ。小林氏は何も無い。ちなみに、鷲沢氏のサイトにある「ご支援、ありがとうございました」の文言は、総務省の解釈どおりにいくと実は公選法178条違反となる。

ただ、私はこの公選法の解釈は全く意味がないと考えており、もし警察が違反を知ったとしても、誰かから告発がなければおそらく警告しない。その程度のものだ。

翻って高野陣営はどうか?
高野さんは公式サイトを持っていない。
そこで、政治団体『わくわく!ながの』のサイトがその代わりとなっている。

ここにも「たくさんの応援ありがとうございました」とあるが、これは、エントリータイトルの
「わくわく!ながの」を応援していただいたみなさまへ
にかかっているので、高野さんが挨拶をしているのではなく(写真はそう見えるけど)、公選法違反にはならない。

実は選挙期間中、左メニューにある「今後のイベント」が公選法に抵触しているのではないかという話があった。

実際に警察から警告を受けたかどうかはわからないが、担当者に聞いたところ、「私も知らないけど、連絡はあったみたい」とのことだった。

日付が変われば表示も更新されるので、見た感じでは更新しているように見える。

しかし、これは公選法違反にはならない。

実は、このイベントデータは告示日前に全部入力が終わっているものであり、表示だけが自動的に日付に合わされていたものなのだ。

システム的に見ると、時計やカウンタと同じ。

さらに、メニュー後方にある「ツイッター」のブログツールは、すでに入っているデータをランダムに表示させているだけであり、これも更新しているように見えるが何も手を付けていない。

「人間だろうが、システムだろうが、更新は更新だ」という理屈もあるだろうが、そうなるとサイト内の写真をランダムに表示するものや、アクセス数に応じて表示位置が変わるものなど、すべてダメだと言うことになる。現実問題として、そこまで厳密にやろうとすると、「そもそも、なんで告示日以降の更新が『文書図画の頒布』になるのか?」という原点まで戻ってしまうので、実際は不思議なことに誰も違反を犯せないことになるのだ。

つまり、最近よく見かけるブログツールのようなものを入れて、自動的にニュースが表示されたり、天気が表示されたりするものが、「文書図画の頒布」にあたるかどうかという判断は、おそらく誰にもできない。

なので、もし警察から「ホームページを更新している」と警告を受けた場合は、「更新していません」とちゃんと説明すればよいと私は考えていたが、電話を受けたスタッフが気を回して、イベント表示の機能を止めたようだ。

話は飛ぶが、Yahoo!が公選法改正に向けた署名活動を始めた。

「今年と同じ選挙でいいですか?」 ヤフー、ネット選挙活動の解禁求め署名活動(ITmedia)

今まで「公選法を改正しよう」と主張していた民主党が政権を取ったので、後回しにされないように尻を叩こうという企画で、これはこれで進めていくべきだと思う。

しかし、実は公選法を改正しなくても、インターネットを解禁できる方法がある

これに関しては、また場を改めて。

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10.28水 長野市長選挙エピソード1 民主党と共産党

2009 年 10 月 29 日 コメント 4 件

もうしばらく、長野市長選関連の話が続きます。
いろいろコメントもありがとうございます。

・・・

私は、政治家の情報発信をサポートするのが仕事だけど、なぜか長野に関しては、まるっきり無償ボランティアになってしまう。今回も、交通費や宿泊費など、すべて持ち出しだった。自分でも、なんでそこまで入れ込んだのかわからない。たぶん、高野さんでなければ関わらなかっただろう。

今は、選挙期間中に後回しにしていた仕事を片付けて行かなくてはならず、振り返っている余裕も無いのだけれど、長野からはメールや電話が頻繁に届く。

その多くは、高野さんを評価する声と「わくわく!ながの」存続の要望、そして民主党長野県連の批判だ。

ちゃんとした総括は誰かがやるとして、ここでは二つの「間違い」を指摘しておきたいと思う。
私の知り得る範囲の話なので、事実と若干異なることもあるかもしれません。

最初に高野さんを擁立しようとしたおよそ8人ほどの中で、「支援団体の名前を決めよう」ということになり、私がいくつか案を持っていくことになった。

私は「**の会」といった名前があまり好きではなかったため、高野さんとの話の中で浮かんだキーワードを基に、10ほどの案を持っていった。その中に「ワクワク信州」というのがあった。

そこからいくつかのパターンを考えて、「わくわく!ナガノ」にしたところで、仮で作ったロゴを高野さんも含めた5人で見て、「『ナガノ』はひらがなの方がいいね」ということになり、「わくわく!ながの」に決定した。

マスコミには、この「わくわく!ながの」と民主党長野県連の間で「主導権を争った」と報道したところがあった。

しかし、これは事実と異なる。

私たちは、最初から「高野さんを確実に当選させる」ことを目的としていたため、当然民主党と候補者を一本化するつもりでいた。

しかし当初、民主党は独自候補を立てようとして、女性のA氏を擁立するつもりだったので、なかなか話をする機会を持てなかった(A氏はその後辞退する)。

そして、「総選挙が終わるまで動けない」ということだったので、私たちもそれまで大っぴらに動けなかった。
そして、最初に出された条件が
・田中色は出さないで欲しい
・市民運動色は出さないで欲しい
といったものだった。

「田中色を出すな」ということは、田中康夫元知事を応援していた人を表に出すなということだ。「市民運動色を出すな」というのは文字通りで、これは私も基本的には賛成だった。

私たちは、民主党が主導権を握る選挙で全然かまわないと思っていた。

そして総選挙で民主党は大勝し、高野さんは民主党幹部と会うことになった。

民主党幹部は、すぐに高野さんのすばらしさを認識したが、選挙で大勝したこともあり、「選挙は民主党丸抱えでやりたい」と言った。

そこで公募の形を取り、いろいろあって他薦ということで民主党推薦の可能性はできた。

これも基本的には問題なかったが、「出馬の記者会見も民主党が行う」とのことで、これにはさすがに簡単に同意できなかった。
記者会見場の背景に、「生活が第一」「民主党」のタペストリーを下げて、高野さんの両脇に北沢俊美長野県連代表と篠原孝衆議院議員が並んで記者会見する姿は、どう考えても変だ。

私は、共同でやることを提案しようと思ったが、その前に高野さんが「私は市民のみなさんといっしょに選挙を戦う決意をしました。これなら私が出る意味が無くなってしまう」と言ったそうだ。高野さんの、このスタンスは、最後までブレることはなかった。

このことがきっかけになって、民主党は「独自候補を立てる」と言い出したわけだが、今でもなんでこんなことで決裂したのか理解に苦しむ。民主党が推薦を出し、主体になって選挙を戦い、市民は勝手連で参加すれば良い話だったのだ。

だから、主導権を争ったという話は間違いだ。民主党が独自丸抱え候補にこだわらなければ、簡単に一本化できた。

浅川ダムへの対応が原因になったという話もあるが、これはそんなに大きな話ではない。高野さんは反対を唱えているわけではないし、もともと県営ダムなので、これが決め手になることは無い。

これで完全に決裂したかに見えた一本化だったが、実は最後にチャンスがあった。
告示日2日前に、最後の一本化が図られた。

これに関してあまり詳しいことは書けないが、私たちはまず一本化をお互いに合意してから、候補者を絞る話し合いをするものだと思った。 ところが、民主党側は最初から「小林で行く(だから高野は降りてくれ)」というスタンスだった。小林氏で当選できると考えていた。

私はこれを聞いたとき、怒りというよりも、呆れる気持ちの方が大きかった。完全に戦況を見誤っていることに、民主党自身が気づいていない。
これで完全に決裂して選挙戦に突入することになった。

もう一つ。共産党に関して。

マスコミにはあたかも共産党の推薦をもらったかのような報道も見られたが、これも違う。

正確な説明は以下。別に共産党が推薦を出したわけではない。

共産党長水地区委員会、長野労連などでつくる「市民が主人公の長野市政をつくるみんなの会」」は2日夜、市内で集会を開き、同日正式に立候補表明した高野登氏(56)=無所属、東京都江東区=を支持すると決めた。(信濃毎日新聞 10月3日)

共産党に対しては、ムダな候補乱立を避けるために、早い時期から接触していた。

最初は不安だったが、選挙が終わるまでただの一度も揉めたことはなかった。

これは、主に石坂千穂県議の優れたマネージメント能力と政治力による。

石坂さんは最初から「共産党としては動きません。市政を変えるために一本化しましょう」「高野さんを擁立するのであれば、民主党の公認でもかまいません」と一貫して実に見事な采配を奮ってくれた。高野さんが、最後に「石坂さんの眼の力は素晴らしい。あの人はどの政党に行っても素晴らしい政治家になると思います」と言っていたが、私も今回初めてお会いしてそう思った。民主党県連は、石坂さんに政治を教わった方が良いのではないか。

私は、ずーっと石坂さんの苦労と柔軟な考え方と強い意志を平野会長から聞いていたので、初めて会ったにもかかわらず、握手をしたとき目頭が熱くなってしまった。

長野県の民主党と共産党。国政のそれとはかなり異なる。

長野市長選擁立候補落選 出直しの道険しい民主県連(信濃毎日新聞)

民主党は、今回の敗因を都合良くまとめずに、市民の目線で厳しく反省してほしい。

そうしないと市民どころか県民からの信頼も無くなり、来年の参院選では今回の総選挙とは異なる結果となってしまうだろう。

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