2.19火 「互換性重視」で負けた東芝。そこから見えるものは・・・

Posted by タカハシ on 2 月 20th, 2008 0:53

半蔵門

というわけで(^^;、1月に移したサーバーを元に戻すことになり、行って返っておよそ丸3日は無駄になった。でも、ここで気落ちすると体調に響くので、前向きに考えた方が良いでしょうね。XOOPS, WordPress, MovableType のインストールはおまかせあれ!(←悔しまぎれ)

・・・
実は、事情があってMacBookを移動させることになり、その代わりにMac miniを事務所に置こうと、土曜日にビックカメラ有楽町店で買った。
Macたち

これで、iMac *2, MacBook, Mac mini, MacBook Airと、ほとんどビョーキのラインナップになってしまった。

でも、上記のような状態なので、まだじっくり触っていない(涙)

まぁ、ヘラヘラと自慢されるよりは、私がヘロヘロになっているところを見る方が面白いと思うので良いですけど、落ち着いたらちゃんとレビューします。

最初の印象だけだと、MacBookAirは「こだわりの固まり」。

薄さとディスプレイの大きさで絶対に妥協しないことにより、数々の先進的な技術を産み出すきっかけになった。この妥協しなかったポイントには非常に大きな意味がある・・・ということ。

これだけでも、買う価値が あったと思う。

しかし・・・なんだかキーボードが安っぽい感じ。
せめてMacBook(黒)のキーボードと同じものが搭載されていて欲しかったけど、違うよなぁ。なんだかプラスチックのおもちゃのような感じ。

キーボードだけでも換えてくれないかなぁ。

・・・

ブルーレイ ロゴ
東芝のHD DVD撤退は大きなニュースになっているけど、良く考えてみると日本ではそれほど問題になることは無いんじゃないかな。

というのは、日本ではHD DVDのソフトだけを期待して買った人は少ないと思われるから。
おそらく、HD DVD-RW/RAMのディスクさえしばらく出してもらえば、実用的にはそれほど不利益は被らないでしょう。だって、レコーダーにはHDDが入っていて、通常はここに録画するはずだから。普通のDVDも再生できるし、今の段階で買う人はお金にも余裕があって、ブルーレイと比べた上で買っているだろうから、多少は覚悟の上でしょう。

HD DVD ロゴ
北米のユーザーは怒りそうだけど、安いと言ってもDVDレコーダーよりは高かったわけだし、まだソフトもそれほど出ていなかったわけだから、やはり「良い画質で録画できるレコーダーが安かった」という感覚で購入したのであれば、ベータの時のように全く使えなくなるというわけではないので、諦められる範囲ではないだろうか。

だから、それほど大騒ぎにはならず、しばらくしたら落ち着くと思う。そして、ほとぼりが醒めた頃に、東芝製のブルーレイレコーダーが出てくるでしょう。駆動部分はOEMかもしれないけど。もともと東芝製のDVDレコーダーは優秀だから、技術陣はなんとか逆転を狙って頑張って欲しいな。

ただ、一昨日も書いたように、東芝は大損害なわけで、買ったユーザーだってそりゃ迷惑だろうし(特にHD DVDのプレイヤー機能しかない機器を買った人たち)、経営陣の責任は大きい。ここをきっちりさせておかないと、東芝全体に対する信用低下につながりそう。

マスコミや下手なコメンテーターは「VHS対ベータ」の話を盛んに持ち出すだろうけど、今回の件はいくつか異なる面がある。
まず、VHS対ベータの時は、ビデオ性能としてはベータの方が良いとされていた。しかしVHSが勝った大きな要因は、松下電器の営業力やネットワーク作りと裏ビデオだったとも言われている。
今回もネットワーク作りが大きな要因になったことは事実だが、もっと大きかったのは「技術的優位性」だったと言える(さすがに裏ブルーレイは無いでしょう(^^;)。
東芝は「互換性」を重視した。現行DVDと同じ構造にすることによって、設備コストをかけずに互換性の高い次世代DVDを製造し、ディスクやレコーダーの価格を下げることができる。
ここにユーザーの利益があると考えた。

しかし、東芝が考えた「ユーザーの利益」は、「メーカーの利益」の側面の方が強かった。

ユーザーが次世代DVDに求めているのは、互換性ではなく「性能の良さ」だ。もしHD DVDの性能がブルーレイ同等かそれ以上だったら、圧倒的にHD DVDが優位だったろう。しかし、2層でなければフルハイビジョンの2時間映画が再生できないとなると、「性能が互換性の犠牲になった」と見えてしまう。
ここをユーザーは感じとったのだ。

「互換性」がユーザーの求めていることだと思いこんでしまった東芝は、間違った認識のまま価格競争に突入していく。
実は、「互換性」に対するユーザーの目線は、ゲーム業界を見れば一目瞭然だ
東芝がゲーム機市場を見ていれば、もっと早く軌道修正できたかもしれない。

無理矢理政治に結びつけると、「市民の目線」「国民の目線」「生活者の目線」と言っていることが、実は「自分たちだけの目線」だということがあるかもしれない
「隣のAさんの目線」「親戚のBさんの目線」「駅前の床屋のオヤジの目線」・・・そんな目線を意識してみる必要があるのではないだろうか。