7.16水 信じられない国の、たった一人の信じられる友人

Posted by タカハシ on 7 月 17th, 2008 1:16

半蔵門

暑さや眠気と格闘しながら、やるべき事をこなしていく。

午後は経理の打ち合わせ。
いろいろ厳しい意見をもらいながらも、いつもどおり特に問題なく、楽しい打ち合わせとなった。
今年は辛抱と準備の年なので、昨年のように大きな動きはないけど、いざ動くときには時間も気持ちも余裕を持って対応できないといけない。

夕方、JanJan編集会議。

夜は、JanJanの送別会。
JanJanのスタートから、5年間中心となってやってきた中国人スタッフが、突然中国に帰ることになった。
彼女は中国の大学を卒業後、アメリカの大学に留学し、アメリカ滞在中にJanJanがスタートすることを知って、自分から「働きたい」とメールしてきたという。

彼女の活躍は、社長をはじめとして誰の予想をも上回るもので、私が関わり始めた3年9ヶ月前には、もう30年も日本に住んでいるのではないかと思えるような仕事ぶりだった。

自分が納得いかないことには絶対に妥協せず、日本語で徹底的に議論する強さ。国際的な視野。異なる意見を聞くことができる寛容さ。どれをとっても、私の中国人観を覆すものであり、ただ驚くばかりだった。

私は、宴会の時に何回か酔っぱらって絡んだ。「中国ってさあ、なんで自国民を大量に虐殺しながら、日本を責められるわけ?」なんて感じで絡んでいたと思う(なにせ、泥酔していたものではっきりとは覚えていない・・・(^^;)。しかし、彼女は嫌がらずに真正面から酔っぱらいとの議論に応じてくれていた。

私は、一回りも(?)年下の、中国人の彼女を尊敬している。
いつかの宴会から帰る途中、私は「Zさんてさあ、何になりたいの?」と聞いたことがあった。その時彼女は「ジャーナリストになりたい」と言った。

地震に被災した生まれ故郷を目の当たりにして、自国のメディアを変えていこうと思ったのかもしれない。親と会って、そろそろ帰って何かを始めようと思ったのかもしれない。

本当のところはわからないけど、理由はどうであれ、私にとってはたった一人の中国人の友人であり、今後も彼女が中国にいると思うと、国は信用できなくてもなぜか希望を感じるのである。
日本だって、多くの信頼できる友人がいても絶望感を感じてしまうわけだから、彼女と中国に感じる希望は単なる「希望的希望」なのかもしれない。それでも、誰も知らない中国と、一人でも知っている中国とでは100倍ぐらい違うような気がする。

私は今日、贈る言葉で「Zさんのことは外国人だと思えなかった。私にとっては一人の友人だ」と言った。偽らざる気持ちだが、彼女はそれを「嬉しかった」と言ってくれた。 

今日の送別会は感動的だった。
溢れる涙と笑い。
みんな、本当に心から惜しみながらも 、笑顔で送りだそうとしていた。こんな素晴らしい送別会には、今までいくつ出会っただろうか。

がんばれ、Zさん。
あなたの活躍と幸せを心から祈っています。